みけし きものお手入れ講座

みけし きものお手入れ講座 小出富勝 著 より



丸洗い

着物の丸洗いが始まったのは、いつのことなのかハッキリとしていない。本書での丸洗いとは、ドライ機による処理のことであって、手作業による簡易ドライクリーニングのことではない。
諸先輩の説によると、昔は着物をゴム用揮発や白自揮(ホワイトガソリン)を使って洗面器やバケツで手洗いをしたという。着物の手入れを以前から手掛けている先輩から、歌舞伎や能の衣装が化粧用のドウランで汚れたものを、揮発油を使って手洗いしてきれいにしたという話を聞いている。
**で**、**、**等の汚れのひどいところを**で**に**して、その後全部、あるいは部分的に手洗いをし、乾燥すればかなりきれいになることは間違いない。したがって、現代風に表現すれば、それは**ドライクリーニングとでもいえるだろう。
ただ白自揮を使った危険な簡易クリーニングは、静電気の発生による自然発火の恐れがあり、家屋の中では絶対におこなってはならない処理である。しかし、決して昔のことではなく最近でもそんな指導している人がいる。引火点が低い溶剤で、しかもアースできない場所で容器で繊維製品を手洗いすれば高圧の静電気が発生し、そのスパークで自然発火の危険がある。一般家庭で着物のクリーニング代を節約するための処理で家を焼いてしまったのでのではなんにもならない。そんな危険なことをしている人の話を耳にしたら、その間違った危険な考え方を改めるように正しく指導するのもプロのクリーニング業者としての大切なことである。

話が少し横道にそれたが溶剤による着物の丸洗いが本格的に盛んになったのは昭和40年代に入ってからのことである。最近では多くクリーニング業者が着物の丸洗いを盛んに取扱い、着物の丸洗いとシミ抜きがその店の技術の象徴のようになった。しかし技術的なものが確立されておらず、着物丸洗いは試行錯誤の時代が長く続いてきた。着物の丸洗いは一般の女性方はもちろんのこと、呉服業界でも相手にはしてくれなかった。しかし最近の着物のお手入れは、ドライクリーニングによる丸洗いが主流になっているのである。
30年間わたる研鑚の歳月には、それなりの成果があったようだ。現在我国で使用されているドライクリーニング溶剤は、周知のように4種類もある。各自がどの溶剤を使って着物を洗おうとそれは自由である。
しかし、よく考えてから溶剤を選んでほしい。着物を最も安全にあらうことができるのは、良質な石油系の溶剤であることを忘れてはならない。(いたずらに好みで溶剤を選んではならない)。私は着物の丸洗いは全クリーニング業者に向けて石油系溶剤を使用することを推奨したい。これは、私の着物の丸洗いに対しての一貫した考えかtである。もちろん着物の手入れは丸洗いがすべてではないが、この丸洗いという方法を正しく行えば充分に着物をきれいに仕上げることのできる方法であることをもっと世間に広めてゆかなければならないとかんがえる。



生洗い

生洗いとはなんとも不思議な文字を使ったものである。この語源については私が少し調べてみたかぎりではっきり資料は見当たらなかった私の手元にある大正14年発行の高橋新六著、「京染の秘訣」の中の”生け洗いの仕方”の一節によると、表を上にして板の上にのべ、洗刷毛にて軽くこすり一尺程ずつ手前に操って、洗った部分はタライの中に落とし込む云々である。
また、どこを見ても洗い張りという言葉は出てこない。そのかわり、”洗い物”や”張物”という独立した作業工程についての記述がある。私が考察するに、たぶん当時は洗うことと板、あるいは竹の伸子で張る作業は別々に行われているのだろう。今日では洗い張りと二つの工程が一緒にされているが、昔は洗いの仕事のことをあるいはその工程の中で特別処理を生洗いと呼んでいたものと考えられる。
ただ、私はこのことを追求する目的でしらべたのではないので、いたがって本書では私なりの新しいえ方で生洗いを調べてみた。今日では、着物がドライクリーニングで丸ごときれいになる時代です。着物のお手入れの方法も何時の頃からか、洗いと張りが一緒になって洗い張りという作業がうまれました。ここでは現代的な着物のお手入れ法として生洗いの作業分担をはっきり分類しておきたいです。
洗い張りとは、生洗いと違って汚れた着物の全体をほどいて、元の反物状にし、洗剤によって水洗いをし、適当な糊を加工してテンターで湯のし幅だし整理をすることなので、そのことをしっかり頭に入れたい。生洗いは、着物をほどかずそのまま衿、袖口、身頃の部分の汚れ、シミなどもきれいにする方法です。着物を原型のまま生かして手入れをすることを生洗いと考える。もちろん機械的な作業はせずに、技術的なことをいえば、衿、袖口の汚れを落とす作業にベンジンソープやドライクリーニング用の洗剤を使用していないことを原則としたい。なぜなら、洗剤を使ってしまうと部分的なすすぎ洗浄処理では、洗剤が残留するおそれがあるからです。洗剤が残留すれば、後日黄変が起こる原因にもなってしまう。したがって、生洗いでは基本的に洗剤類を使用せずに、きれいな不純物の入っていない溶剤だけで汚れを落とすべきと考えます。洗剤を使わなければ「落ちないような汚れは、丸洗いすなわちドライクリーニングで洗浄をした方が無難である。また裾が汚れたものも丸洗いの法が良い。よく、着物を好んで着られる人々がドライクリーニングによる丸洗いを嫌って、部分手入れである生洗いを指定している人が多いが、それはこれまでの丸洗いの技術的レベルが低いことに原因の一端があることは言うまでもない。
一日も早く顧客が安心して依頼できる丸洗いの技術の普及が望ましい。小出流の考え方は、生洗い、すなわち衿、袖口等の部分手入れは、私たちが日常手を洗ったりという部分的な衛生処理である。一日中動き回って汗やほこりで気持ちが悪いときには風呂に入るなりシャワーをあびるなりしてさっぱりするのが普通だ。要するに全身衛生である。
着物のお手入れでその全身衛生に相当するのが、ドライクリーニングによる丸洗いと考えるべきであろう。



湯通し

湯通しとは・・・、読んで字の通り、と言いたいところだが、関西方面では、「ふかし」または「地直し」とも言うとある。大切なことは湯通しが着物の将来にどれだけ重要であるかを知ることである。
湯通しとは、染めや織りが完成したものを水または湯の中に入れ、それまでの色々な工程で使った糊、油成分、繊維、に染着されていない余分な染料をきれいに洗い流しだす作業である。
かつては京都の風物詩といわれた、加茂川、桂川、の友禅流しと表現されていた。充分水洗いをしてある染は未染着の染料はない。
湯通しは反物から着物になるための大切な儀式である。着物の成衣式と考えて良い。特に大島紬、結城紬、等の先染め物は、織る工程で糸の摩擦と毛羽立を防ぐために糊や潤滑用の油成分をかなり多量に加工してある。これらは織り上がるまでは糸を守るために重要であるが、織り上がってしまえば全く必要ない。それどころか湯通しをせずに着物を仕立てると水だけでもシミとなり、シミを落とせば際づ(輪どり)ができ、中には生地に染着されていない染料が流れ出す、湿気が多いとカビが生える、シワができやすくもどらない。着ては着ごごちが良くない。湯通しをしていない着物は良いことは一つもない。
湯通しで大島紬の艶がたと言って弁償問題にまで発展した例がある。西陣の綴れの帯、金糸、銀糸を織り込んだ帯、佐賀錦等始めから湯通しが出来ないものもかなりある。絞りものも絞りのあまい物、濃い色で染めてある物、刺繍のある物、等も湯通し出来ない。さて湯通しをしなければならないのは紬類だけなのだろうか。後染め物でも保管中にカビが生えてきそうな物はすべて湯通しすべきである。同じ後染めでも塩瀬の帯は滅多にカビない。生地が厚いため、糊を加工していないからと思う。たまにカビの生えている塩瀬の帯は帯芯に問題がある。木綿地の糊がカビで表まで移行しているのがある。後染物は湯通しをすることによって染色の結果がわかる。染色が悪ければ色が流れるだろう。
高級な着物のお手入れは洗い張りでと言うが、湯通しができなければ、洗い張りもできない。以前の友禅染は水溶性の糊を防染糊として染色をしていたので、蒸しをした後で、糊を落とすためには必ず水洗いをしなければならない。後で洗い張りやシミ抜きで少しくらいの水を使っても色が流れ出す心配はない。だが最近は防染糊はほとんどゴム糊である。ゴム糊は水洗いで落とすことができない。したがって防染糊の除去にパークロル,エチレンのよるドライクリーニング法が行われている。
ドライクリーニングによってゴム糊を落とす目的は達成できるが余分な染料はそのまま残る。ここにかつての友禅染と現代の友禅染の大きな違いが出てくる。



湯のし

湯のし、お湯を使う湯通しが「ふかし」と言われたり、蒸気を使って幅だし仕上げをすることを、湯のし、と言う。
昔は蒸気のことを(湯煙り)と言い表していたことからきたのかも知れない。
湯のしの目的は湯通しをし、糊、その他の不純物を洗い落とした反物、水洗いをして仕立て替えをする物、またシワ等できた反物を、仕立てるばかりに整える、整理の工程である。
もっとも古くは板に張ってシワを伸ばし、少し進んでからは竹の反発力を応用した伸子、それに、銅製の銅壺がつかわれていた。



着物の保存法

着物の保存法は、断片的であるから、間違いだらけのようにも思われるきらいがある。
絹の着物がタンスに保存中に黄変、またはカビが発生した場合、全て虫干しのせいにしている。
しかしこの問題は、湯通しのできる染めや織りであれば、まったく問題ない。
今は亡き先輩の、男物の袷着物に羽二重の裏地を通しで仕立ててあるのを拝見したことがあるが、約30年間袖を通さず、もちろん虫干しもしなかったという。
しかし裏地は、新品に近い白さと光沢を保っている。それは仕立てるときに自分で正式な湯通しをしたということだ。虫干しはカビを防ぐ意味も
あるが目を通してシミや汚れを古くしないための検品が目的である。



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